2009年2月23日

■ アカデミー


多摩美の先輩でもある加藤久仁生さんの『つみきのいえ』がアカデミー短編アニメーション部門でオスカーを獲得しましたね。ニュースなんかでもわーわーやってる様なので、すこし短編アニメーションの世界という物が世間に知られる機会になったらすごく良い事だし、嬉しい事だなぁと思います。
一方で、『つみきのいえ』の評価の実情は、インディペンデントアニメ−ションの作家や、アニメーションの評論家によると(僕の知ってる限り)時には酷評されたり、芸術性や脚本の本質の部分で疑問視される事がよくあります。僕はアニメーションの作り手として、それらの意見はよく解るし、理解も出来ます。しかし一方で僕が思うのは、アカデミーやアヌシーでこれほどの評価を受けている物に対して何を言ったって信憑性に欠けると思う。言葉の選び方が少し違うかもしれないですけど、
アカデミーが認めた作品が=素晴らしいって言いたいのではなくて。しかしながら、アカデミーを穫る事はアニメーション界に光を差し込む可能性は多いにあるわけだしさ。
表現って、自発的な発想と他発的な発想の配分がとても難しい。そしてそれによって、コアなカテゴリーに入ったけど自分自身大満足とか、万人にウケる作品になったりけど、表現の部分でちょっと不完全燃焼なんてことにもなる。『つみきのいえ』は完全に、観衆の為に製作されている。デザイン的にいえば、コンセプトと脚本と表現がとても合理的に構成されている。純粋な気持ちをもって観れば、絶対感動する作品だと思う。それは、この作品の評価をみれば、どっちがマジョリティでどっちがマイノリティかははっきり解る。まぁ誰かさんが『つみきのいえ』を最初に見た時の感想が「ずるいな〜」だったのはここだけの話。

つまり評論については、とてもデリケートな問題だなぁと思う訳です。特に、社会的地位のある人や、発言権のある人なんかがチョロっと発言した事柄が、たちまちにその業界の正論になり得たり、まだ純粋な作り手や鑑賞者にむりやり色眼鏡を描けさせる行為にもなるわけです。でも、その発言が本当の意味で真実なら、なんの問題もないんですけどね。
う〜ん、わからない。
とにかく久仁生さん、おめでとうございます!!何度かか授賞式やお酒の場で一緒したことある人がアカデミー賞のグランプリを穫って世界一になると、なんだか勇気がわいてくる様な気持ちになります。これからも頑張ろう。そう思えました!
最近の色々を書こうとしたけれど、なんか力みすぎて疲れたので、明日書こうとっ。

この記事もしかしたら消すかもしれないです。怖いから。

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